京のお漬けもの処 川勝總本家

おいしい漬物をつくるために、共に働き、伝統をつなぐ

京都にある「川勝總本家」は、創業から100年余の歴史をもつ京漬物の老舗。本店は築100年以上の京町家の建築で、そこで開かれているぬか漬の漬物教室は多くの人に親しまれています。店を仕切るのは4代目若主人で専務取締役の川勝隆義さん。趣のある京町家での漬物教室を取材し、川勝隆義さんにお話を伺いました。

京町家でお茶うけのおもてなし

京都駅から市バスに乗って5分ほどの大宮五条から、通り沿いに少し歩くと、聖護院蕪(しょうごいんかぶら)に「千枚漬」と書かれた看板と、存在感のある京町屋の建物が見えてきます。京漬物の老舗「川勝總本家」の本店です。大正6年に東山で創業、のちに大宮五条の生糸を作るための繭を売る店だった京町家に移り、今日まで商いを続けています。

 暖簾をくぐると、外の喧騒とは別世界。静かです。クラシック音楽が流れる店内は、歴史を感じさせるような、ゆったりとした空間が広がります。趣のある店内には、おいしそうな漬物の数々が並んでいます。店内では、お茶と「本日のお茶うけ」として旬の漬物をいただくことができ、ゆっくりと京町家を楽しみながら、買い物をすることができます。

漬物へのこだわり

お店の一番人気は創業当初から作られている千枚漬。清水店、嵐山店限定で、きゅうりを1本丸かじりできる「レモン胡瓜」(観光地でよく見る!)も川勝總本家の人気商品です。使われている野菜は、すべて国産で、それぞれが一番おいしい旬の野菜を使っています。

4代目隆義さんに店のこだわりを聞きました。「(しばらく考えて)やっぱり、美味しいもん作ろうと思うことかな、うち商売ベタなんで(笑)。」

漬物は奥が深い 漬物教室

川勝總本家では、誰でも参加出来るぬか漬の漬物教室が開かれており、漬物離れが進む中、地域の人にもっと身近に食べてもらいたいという思いで、20年前から続いています。今回、4代目隆義さん同席のもと、漬物教室に参加させていただくことができました。会場は、本店の横にある京町家の建物で、趣のある室内に感動している中、教室が始まりました。ちなみに今回の参加メンバーは全員初心者。

材料は、炒りぬかと水と調味料。全部あらかじめ用意されています(川勝總本家特製の奈良漬の“かす”も香り付けと味に深みを出すために使用します)。手順は、炒りぬかに水と調味料を入れて手で混ぜる、これだけ。ぬか床を一から作る面白さと、プロ直伝のノウハウがたくさん詰まった教室となっています。有難いことに、終了後はレシピももらえます。

ここで使われているぬかは、隆義さんがかつて修業をした日吉町にある農家さんのおいしいお米のぬか。ぬかは「生き物」で、輸送途中でも劣化が起きるため、輸送距離が近く信頼のおける農家さんから新鮮なものを仕入れています。米の種類によっても、ぬかの味は変わるそう。奥が深い。

用意された炒りぬかに、水と調味料を入れて、ぎゅっぎゅっと混ぜるところは、もう砂遊び感覚です。全員自分の世界に入り込んで無言で混ぜます。「おいしくなーれ」と愛情をもって混ぜるのがコツということで念じて混ぜる、こういう感覚も新鮮。

教室には、自己流で作ってうまくいかなかった人、おばあちゃんのぬか床を継いだ人、すでにぬか漬マスターな人など、色んな思いを持った人が学びに来ます。

「混ぜるの面倒くさくなってやめて、失敗しはることが多い。育てるの大変やけど、手をかけて、おいしくなーれって思いながらやると、絶対誰かのこと思いながら作るし、そこに誰かっていうのが加わると、ちゃんとせないかんってなる。手をかければかけるほど、絶対美味しくなる。」と隆義さん。 ちゃんと育てようと心に誓いました。

(後日談)ぬか漬はじめました。

 教室ではきゅうりを漬け、家で人参も追加して毎日ぬか床を混ぜること2週間。みずみずしい緑のきゅうりが、見事にしわしわの深緑に、人参は鮮やかなオレンジ色のまましんなりと。食べてみると、しっかりぬかの旨味と香りがして、野菜が何倍もおいしくなりました。ぬか漬はやってみると意外と簡単で、野菜がおいしく変身して楽しいです。「次は何を漬けようかな」と考えながらゆるく続けています。

100年先の子孫に繋ぎたい 京町家のこと

 漬物教室の後、話題は趣のある京町家のことへ。漬物教室の建物は7年前に、古くなった長屋をコンクリートのビルではなく、あえて京町家に作り直しています。

「100年先の子孫にありがとうって言ってもらえたら、いいよねっていう思いがあって、あえて京町家を建てた。あと、梁には建てた大工さんの名札が残してあるんです。100年後の子孫が補修の時『あ、この人が作ったんや』ってなったらいいじゃないですか。  たまたまこのタイミングに僕が生まれて、そういうチャンスがたまたま僕に巡ってきた。だから、このバトンをどうやって次の人に渡していくか、しっかりと考えないといけない。店舗として使っている隣の京町家も、明治の時代から続いてきてる建物やし。新しく隣に建てるのも、100年続く建物がいいんちゃうんかなあって。」

ただ建てるのではく、自分は会えないかもしれない未来の子孫に、繋いでいくという決意。ちょっと鳥肌がたちました。

継続は力なり 修行時代

 隆義さんは家業に入る前に、銀行と百貨店、農家へ修行に出ました。「数字」と「売る」と「作る」を順番に6年間。

 「外の厳しさを知らずに人と接するとか、従業員さんのしんどさを知らんまま、仕事を続けていくってアカンやろうなあって。」

 どこも最初は下っ端の下っ端から始まり、鼻をボキボキに折られるくらい一から叩き直され、家業に入ってからも先輩職人を追い抜くために、人より倍働くことを続けた、という話を「今やからこうやって話せるけど」と教えてくれました。

 「やめたいと思ったことはしょっちゅう(笑)」でも、次のステップに行くために続けた。って、なかなか出来ないでしょう。何が原動力なのか尋ねると「ここで生まれたから」。

 毎年11月~2月くらいまでは千枚漬の繁忙期。隆義さんが貴重な千枚漬の実演を披露してくださいました。

「共に働く」というイズム

 肩書は専務取締役ですが、職人さんと一緒に現場で仕事をすることが多いのだそう。「人見知り激しいんです。」と笑った後、働くうえで大切にしていることを教えてくれました。

 「職人としても働くし、直営店で販売もやる。スタッフには『共に働くんや』って教えてて。パートさんに“させる”とか、絶対アカンし。『一緒にやりなさい』って。それって“させられてる”になってしまう。“自分からやる”にならんと」

 ここでは、製造の人が物産展に行ったり、総務でも販売に回ったり、スタッフ全員で「川勝の仕事」をしています。一つの仕事だけになってしまうと、相手の仕事がわからない。「あんた知らんくせに」と言われるより、知っている方がいい。だから共に働き、自らも現場に出て働く。隆義さんは“背中を見せる”を体現している人でした。

すでにグローバル化

 川勝總本家では、従業員の約2割を外国人スタッフが占めています。彼らは「日本で何か技術を学びたい」という強い思いがあり、隆義さんも数年前から積極的に外国人スタッフを採用しています。伝統産業=日本人の概念が、ここで崩れました。

 「日本に来た外国の方は、日本にすごい興味があって、『学びたい』という思いが強い。必死になって聞いてくる。なんか教えても100吸収しようと一生懸命なんです。」

 言葉はほとんど通じないので、ボディランゲージとスマホの翻訳機能をフル活用。言葉が分からなくてもお互い必死なので、気持ちは伝わる。 

 「窓の拭き方でも、濡れ雑巾で拭いたら水アカがつくから、その後ドライで拭かなあかんよねっていうのを、うちの外国人スタッフがやってくれて、そういうのがめちゃくちゃうれしい。当たり前のことが出来る人と一緒に仕事が出来るってうれしい。僕ももっと頑張ろうって思う。日本のスタッフも、それに触発されて頑張ろうってなるし」

 互いに学び、刺激し合い、高め合う。なんかこれって、人づくりの現場だ。

経営理念「愛と汗」

 川勝總本家の経営理念は「愛と汗」です。愛は人づくり、汗はモノづくり。

 「いいモノを作るためには、当たり前のことを当たり前にせな。挨拶をしましょう、 落ちてるゴミは拾いましょうとか、自分の前だけじゃなくて、半歩先のゴミも拾いましょうとか、それを普通にしようという思いをみんなに伝えてる。モノづくりにしても、そういう人が作るから、絶対おいしいもん作ろうってなる。これでええかってならん。マストが普通。」

 完璧主義とかではなくて“これが普通、それが当たり前”の方が、強い。どれも分かりきったことなのに、続けることがどれだけ難しいか。100年の理由は、こういうところにもあるのだと思います。

 「でも伝わってるかどうかは別やから。言い続けて、やり続けて。今も悩んでる最中です。」と本音も教えてくれました。
 「マストが普通な人」は、かっこいい。私たちもそうありたいと、この言葉を心に刻みました。

未来へ、伝統をつなぐ

 コロナ禍以降、食品衛生のルールが厳しくなり、技術の継承にも影響が及んでいます。

 「昔は、気軽に子供も現場に入ってたけど、僕の息子はそれが出来ない。だから教えることができない。職人もビニール手袋が必須になったから、手で野菜の水分を感じられなくなった。ある程度数値化できても、それが絶対ではないから、どうやって伝えたらいいかが難しい。」

 こういう状況の中、技術を学ぼうと必死で、どんどん仕事を覚え共に働く外国人スタッフの存在は、とても心強く、光にも思えます。「ゆくゆくは外国人の上司ができるで」と若い子によく言っているそうです。

 「伝統は繋いでいかなければいけないし、やる気がある人に繋いでいくことが大事。直継がすべてではない。」

 伝統は形あるものだけでなく、言葉や思い、目に見えないことの方が多い。それをマニュアルではなく、時間がかかっても“共に働く”ことで、伝統を繋いでいることを今回の取材を通じて、決して饒舌ではない隆義さんが、一生懸命私たちに教えてくれました。

 川勝總本家の「千枚漬」と「すぐき」を実際に頂きました。千枚漬は、聖護院蕪の甘さと昆布の旨味が上品で深い味わいで、すぐきもクセのある酸味が後引くおいしさで、スーパーで売ってるものとはまるで別物でした。どちらも漬物づくりに情熱をもって作った人の、丁寧な仕事ぶりがわかるような、本物の味がしました。

 隆義さんは、今日も「現場に出て頑張るでー」と駆け回っています。運が良ければ、どこかのお店で会えるかもしれません。川勝總本家の漬物はひと味違います。ぜひ一度味わってみてください。

<番外編>
え、しば漬けベーグル?

 京都にあるベーグル屋KAMOGAWA BAKERYには、「川勝總本家しば漬けベーグル」があります。商品名の通り、生地に川勝總本家の「しば祇園赤しそ」が練りこまれています。パンとしば漬け??まさかの組み合わせですが、予想を超える美味しさです。
 コロナ禍に子供食堂でお弁当を作っていたKAMOGAWA BAKERYの店主に、活動を知った隆義さんが漬物を提供したことが縁でつながり、『京都ならではのベーグル』として開発されたそうです。生地はほんのり甘くて、しば漬けはちょうどいい塩加減。ベーグルのもっちもち食感としば漬けのコリコリ食感、出会うべくして出会ったのかと思うほどに、合います。ここでしか手に入らない逸品です。

◼︎川勝總本家の漬物教室
家庭でできるぬか漬の体験教室です。長持ちさせるコツ、おいしく漬ける秘訣など、長年培ったアイデアと豊富な知識なども教えてもらえます。教室で作られたぬか床は持ち帰り可能です。
※開催時期は1月初旬~6月中旬と8月中旬~11月中旬の期間中の日曜・祝日・お盆以外。
※事前に予約が必要です。
・開催場所:川勝總本家本店(〒600-8377 京都市下京区大宮通五条上る上五条町 394)
・開催人数:1~30名様
・所要時間:約1時間(10時からと、14時からのいずれか)
・参加費用:お一人様2,000円(税抜)
・連絡先:075-841-0131(代表)
https://www.kawakatu.com/

◼︎KAMOGAWA BAKERY(本店)
カモガワベーカリーのパンは全て国産小麦粉100%使用で、ふっくらもちもちで安心安全なパンが人気。本店以外にも北大路店、堀川五条店があり、しば漬けベーグルは全店で購入可能です。
本店:〒602-0873 京都市上京区伊勢屋町386 
TEL:075-746-7720
https://www.kamogawabakery.com/

中間 朋子Tomoko Nakama

お客様のICT環境のお困りごとをサポートするコールセンタで、育成・企画業務をしております。学生時代から茶道をしており、京都の文化や古き良きものに惹かれて京都をよく訪れます。好きな場所は、静かで緑がきれいな相国寺や、大徳寺の庭園と近隣にある骨董品屋さんです。