京ゆば『湯波吉』

京の台所で守り続ける味と手業『湯波吉』の京ゆばに込める思い

 寛政二年(1790年)創業。京の台所と呼ばれる錦市場において、味と手業を守ってきた京ゆばの名店『湯波吉』。初代から京ゆば一筋にこの地で製造販売をされています。
一枚一枚手作業しながら長い歴史を守り受け継いできた十代目を訪ね、『湯波吉』の京ゆばへの思いを聞きました。

1.いざ『湯波吉』!京の台所を西から東へ

今回、私たち取材チームは京の台所と呼ばれる錦市場を高倉通のアーケードから入り西側から東側に向かいました。東西約390mに渡って食を中心とした多くの商店が軒を連ねている通路は狭く、国内外の各地から訪れた多くの人で賑わっています。錦天満宮がようやく見えてきた辺りで、北側に私たちの目的地がお目見えしました。創業230余年の老舗、錦市場の中で唯一の京ゆば専門店『湯波吉』です。 店内に足を踏み入れた第一印象は、その空間がまるでお茶室のよう。柔らかな照明の中、床の間のようなカウンターに映える生け花に出迎えられ、道中の人混みをかき分け歩いた苦労が吹き飛びました。

 お店では十代目越智元之さんが柔らかな笑顔で迎えてくださいました。
「まずは、ゆばをお召し上がりください!」と、早速出してくださったのは、「つまみゆば」。出来立てで、ほんのりあたたかく、大豆の良い香りが漂います。なめらかで柔らかくとろりとし、口に運ぶとさらに優しくとろけてゆきました。材料は水と大豆だけ。それが信じられないぐらいに、濃厚!
「うちは大豆の濃度がしっかりしていると言われます。その『うちのおいしい』をだしていきたい」と元之さん。
取材チームは、店内の落ち着いた雰囲気に癒されながら、美味しい~と顔を見合わせて、出来立ての京ゆばの味を堪能させていただきました。(イートインコーナーでは、店頭でご購入いただいた各種ゆばをお召し上がりいただけます。)

2.知りたい!『湯波吉』の京ゆば

こんなに美味しいゆばがどの様に作られているのか興味を持った私たちは、九代目店主越智元三さん、十代目越智元之さんに製法や大切にされていることを伺いました。

<ゆばの材料、製造方法とは>
『湯波吉』の京ゆばは、厳選された国産大豆と錦の地下水のみを使用し、店舗の奥にある作業場で一枚一枚手づくりされています。作業場には、レンガを積み上げてつくられた細長い鍋が並びます。そこに、錦の地下水を使った豆乳がたっぷりと張られ温められて湯気が白く立ち上がっています。湯煎された豆乳の表面に薄い膜が張ります。それが「ゆば」です。良いかおりと熱気が取材チームのいる場所まで届きます。職人の手によって、そのときの気候や温度、ゆばの薄さを確認しながら一枚一枚丁寧に引き上げていきます。
豆乳の濃さや膜の厚みでゆばの種類が変わる繊細な作業です。作業場は、夏は蒸し暑く、冬は足元が冷える環境の中、長く同じ製法を守りながら高い品質のゆばを作り続けています。

 取材チームは、手づくりのよさと難しさの説明をききながら、この地でこの製法で京都の食文化を担ってこられた230余年の歴史に思いを馳せました。

<歴史ある『湯波吉』>
湯波吉は、寛政2年(1790年)、愛媛の越智郡から伊予屋政七が知恩院の賄い方に出入りを許され、息子の初代和泉屋吉兵衛がゆばをこの地で商いにしたことに始まります。錦市場という場所は、昔から、この横の道も麩屋町というように辻ごとに豆腐屋があり地下水の豊富な市場です。そして湯波吉は今もこの創業の地で錦の地下水を使ってゆばを手づくりしています。


九代目元三さんと十代目元之さん
(並んでお話しくださる様子からは、家業そしてご家族としての関係の良さが伺えます。)

 元三さん「創業当初から変わらないことは、ゆばの製法が手づくりあること。機械をいれるだとか製造の工程を変えてしまうとつくり方が変わり、味が変わってしまうので、これまで通りの手業で手づくりをして味を守っていかなければいけないし、また守りたい。」

 元之さん「昔も今もゆば一筋で商売しています。京都特有かもしれませんが、この場所で生きていくのであれば、よそさんのやっていることをせず、大きなことをせず、変わったことをせず、変わりなく自分たちにできることを一生懸命にするだけです」

 店舗口西側の駒札に湯波吉の先代のことば「商売は牛のよだれのように細く長く」が記されています。子が父の背中を追い、想いや技術を受け継ぎ守り、そして未来につなげられるよう京ゆばづくり一筋に情熱を傾けていらっしゃる姿が印象的でした。

3.もっと身近に!『湯波吉』の京ゆばを愉しむ

 湯波吉では味や手業といった老舗の伝統をしっかりと守りながら、新しいことに果敢にチャレンジしています。
元之さん「こどもの頃からものづくりが好きで、新しいことやルールを考えることも好き。新しい商品ができたら頑張ったなと嬉しくなり、売った瞬間に自分の手を離れ、お客様のものになることも嬉しい。」
そんな思いで、「とゆゆばちっぷす」などの新作品を開発しながら、料亭や他店とのコラボ作品の製作にも取り組んでいます。また商品開発に留まらず、店頭での生ゆば試食体験や錦市場公式ガイドツアーの湯波吉見学コースの実施など、身近に京ゆばを愉しんでもらう工夫や取り組みも湯波吉の魅力。ここでは、そんな湯波吉の新たな挑戦と魅力をご紹介します。

<行ってみよう!店舗やネットショップへ>
 店内のガラスのショーケースにはご進物や保存に最適な乾燥ゆばが陳列されており、店頭に生ゆば、ゆばちりめん、しぐれ煮などが並んでいます。
ゆば専門、と言ってもゆばの種類が多く、商品はバラエティ豊かです。ゆばは、料亭や精進料理といった特別な場所が主な食品だとばかり思っていましたが、もっと広く知ってもらおうとご家庭でも味わえるよう工夫された商品がたくさんあります。おからケーキ作りに挑戦されたり、またお取引先とのコラボ商品も多数。その中には、元之さんが開発した「とゆゆばちっぷす」も並んでいます。

 元之さん「うちの商品を見て、若いときは自分自身無知でどうかな~(良さがわからない)、なんて思ったけれど、今となっては良さを感じる。昔からある商品の種類はあえて変えずに、長く販売できる良い商品を作りたい。」と新しい商品開発をする上で大切にされていることを教えていただきました。

(後日談)ゆばを実食!

 私たちは、『とゆゆばちっぷす』とそのもと素材の『とゆゆば』を購入し、取材後に実食してみました。
普段、乾燥ゆばを細かく砕いてお味噌汁に入れたり、チラシ寿司に混ぜ込むなどして、ゆばの風味と食感を楽しんでいますが、名前の由来となる家屋の『雨とゆ』の形になっている竹串に沿わせ作るゆばは初めて見ます。どうやって食べるのだろうか……
心配ご無用。商品にはしっかりと「お召し上がり方」の厚紙を入れてくださっていました。 よし、削り鰹か土しょうがを刻んで入れて佃煮にしよう。取材後に実際に作ってみると、これはコリコリして美味しい。
次に、とゆゆばを油で揚げておやつとなった「とゆゆばちっぷす」を実食です。こちらはサクサクとした口当たりでほのかな塩味がとても美味しい。そしてちょっとアレンジしてみました。
取材メンバーの1人は、最近、鶏のから揚げやポテトにつけるディップソースに凝っています。マヨネーズに柴漬けを混ぜ込み少しだけレモン汁(和風だからカボスやユズでもいいかも。)を入れればディップソースが完成。
そして「とゆゆばちっぷす」にたっぷりつけて食べてみます。これはビールにとっても合うじゃない!ぜひお試しください!!

◼︎とゆゆばちっぷす ~作品への歩み~|京ゆば 湯波吉 @yuba_nishiki #note
https://note.com/yubakichi_kyoto/n/na2feab6a386a

<体験しよう!錦市場公式ガイドツアー「錦市場で京ゆば一筋の湯波吉見学コース」>
 京都錦市場公式ガイドツアーに、「錦市場で京ゆば一筋の湯波吉見学コース」があります。錦市場商店街振興組合の事務所に集合し、そこで錦市場の水や歴史について学んだ後、湯波吉見学、降り井戸見学をしながら市場を散策し、錦天満宮で解散。約一時間のコースです。
公式ツアーではガイドさんが同行しますが、今回、取材チームは特別に十代目元之さんと錦市場を歩き、ゆばの命ともいえる水を扱っていた昔の井戸『降り井戸』へ向かい、見学させていただきました。

 京丹後アンテナショップの奥、1617年創業の寿司『伊豫又』の暖簾の横。きれいに整備されていて、一見普通の井戸のよう……。しかし、この後の降り井戸見学は、驚きの連続でした。
「降り井戸の入口はこちら」と井戸の奥にある扉を案内されると、扉の奥には建物の玄関がありました。そこを入ってすぐ横に70センチ四方くらいの、梯子階段のついた穴が。


降り井戸出入口の階段

 ほぼ垂直で高さがある梯子を怖がりながら降りていくと、降りた先には、高さおよそ3メートル、広さ2畳ほどの空間が。さらにその先に一段下がって水を貯める空間があり、見上げると正方形の枠が空に続いています。さきほど上からのぞいた普通の井戸だと思った真下です。
2畳ほどの空間は、ひんやりして涼しい、いや寒いくらい。そこは、かつて店に出す魚などを貯蔵する冷蔵庫として活躍をしていたという。そしてこの井戸の水は、四条通りに走る阪急電車の工事の後、出なくなってしまったそうです。
しかしこの石垣で囲い作られた井戸はとても立派で、石と石の間には、今はコンクリートで補強されていますが、その昔は漆喰で塗られていたそうです。
井戸は江戸時代中期にはあったのではないかと言われ、時間が止まってしまったかのような不思議な空間。石垣と苔、少し湿り気を帯びている冷んやりした空気、そして井戸の上から差し込む太陽の光が幻想的でした。ぜひ現地にてご体験下さい!


「ここは少し寒いから上に行きましょう!」と薄着で震え上がるおちゃめな元之さん

 実際のツアーでは、『湯波吉』店頭で湯波吉の方からお話を聞くことができます。(もしかすると元之さんに会うことができるかも?)井戸も必見、お話も必聴です!

◆錦市場公式ガイドツアー
「錦市場で「京ゆば」ひと筋の湯波吉見学」コース
https://yamashinaryokan.com/nishiki-guide-yubakichi

4.最後に

 「最近、ゆばを食べることができる場所や機会が増えてきています。海外のお客様が多く、大豆食品への認知が進んでいます。ゆばの語源は、しわの様子から姥(うば)と言って、もともと中国から入ってきたものなので、中国の方はよくご存じです。欧米の方は、ゆばを知らなくてもチャレンジ精神で食されます。これからもゆば一筋で、多くのいろんな方々にもっと知っていただいて、ゆばが好きだと言っていただけたらいいなと思います。
そして『湯波吉』の歴史の中で、私はリレーランナーのひとりです。そのバトンを次の世代にしっかりお渡しできたらいいな。その時代時代を生きる者が、必死に走って、次にバトンをつなぎたい、と思っています。」と元之さん


『湯波吉』十代目越智元之さん

 今回の取材では、『湯波吉』店舗のみならず、作業場や降り井戸の見学や説明まで直接に十代目からお話が伺えた貴重な体験でした。
元之さんは、お会いした瞬間からとても穏やかで和やか。そして取材メンバーとお稽古事の「茶道」話に花を咲かせて、笑顔が最高に素敵。店頭の看板に書かれている先代の言葉を受け継ぎ、「良いものづくりをして長く続ける」といった信念がうかがえる。それを胸に新たなことにも自然体にして果敢に挑戦する十代目のご活躍と湯波吉の未来から目が離せません。
今回、記事で知っていただけた『湯波吉』の京ゆば。今日からご家庭の食卓に毎日取り入れてみませんか。

湯波吉オンラインショップ  yubakichi-onlineshop.com
湯波吉ウェブサイト     yubakichi.jp
Instagram         https://www.instagram.com/yubakichi_kyoto
NOTE           https://note.com/yubakichi_kyoto

錦市場公式ガイドツアー  https://yamashinaryokan.com/nishiki-guide-yubakichi

ご協力
有限会社 伊豫又
京都錦市場商店街振興組合

取材に関わってくださいました皆様、大変ありがとうございました。 そして読者のみなさま、最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。

北濵 澄子Kiyoko Kitahama

大阪設備部勤務。お客様の通信ネットワーク設備を守っています。地域活性化活動は、美しい京都を守りたい気持ちから参加。祇園祭ごみゼロ大作戦のボランティアやリーダの活動を通して、京都のまちや祭は、住民そして大学生よって守られていることを実感。住む人・働く人・訪れる人の3方良し、を目指しています。趣味は世界遺産とカフェ巡り。